師匠シリーズ

師匠シリーズ 失せ物探し

『失せ物探し』

1回生の冬。市内の居酒屋で『灰の夜明け』というオカルトフォーラムのオフ会があって、そのあと、一部の主要メンバーたちで裏オフ会をすることになった。
闇の幹部会とも称される、その裏オフ会の主要会場となっている歩くさんの部屋に集まったのは6人。本人と、みかっちさん、ワサダさん、京介さんという女性組4人と、伊丹さん、俺の男性組2人。
このメンバーでよく集まるのは、話が合うのはもちろんのこと、ひとつには色恋関係がないという条件が整っていることによるのではないだろうか、とつね思うところである。正直、京介さんに相手にされていない俺としては、情けない話でもあったが。
ともかくその夜、缶ビールを開けながら、とりとめもない話をしていると、みかっちさんがふいに、
「あ」と声を上げた。
「どうしたんですか」と訊くと、みかっちさんは自分の指をかざして、「爪が割れてる」と言った。見るとたしかに少し割れている。
「kokoちゃん、爪切り貸して爪切り」とみかっちさんは家主をせかした。kokoとは、歩くさんのハンドルネームだ。ここではみんなハンドルネームで呼び合っている。
歩くさんは部屋の隅の棚をまさぐっていたが、やがて首をかしげながら、
「ない。どっかに隠れてる」と言った。
「探して探して爪切り探して」とわめくみかっちさんを、伊丹さんとワサダさんがステレオでたしなめた。
「家に帰ってから切りなさいよ」
「ちょっとじゃないか。爪が割れたくらい大丈夫だよ」
しかし、みかっちさんは喚くのをやめない。
「だめなのよ。こういうの気がついたら気になるの! もしよ、もし。ほっといたらこのまま割れ続けて、生肉のとこまできたらそれはもう恐ろしいっ。あたしは終わりなのよ! うええん」
しかたなく歩くさんは部屋のなかを探し始めるが、なかなか爪切りは見つからない。
「おい」
それまで壁にもたれかかって黙ってビールを飲んでいた京介さんが口を開いた。みんなそちらを見る。みかっちさんもだ。そういう耳目を集める雰囲気が、京介さんにはある。
「うるさい黙れ」
シーンとした。
冷たい声に、みかっちさんはショックを受けてしょんぼりした。なんだか重い空気になったので、俺はそれを振り払おうと明るい声を出した。
「俺、物探しのおまじない知ってますよ。にんにく、にんにくって言いながら探すと見つかりやすいって言います」
「にんにく?」と歩くさんは首をかしげた。
「あ、それ知ってる。お母さんに聞いことある」とみかっちさんが顔を上げ、「kokoちゃん、やってやって。にんにくって言って!」
「にんにくにんにくにんにく」
歩くさんは律儀に繰り返しながら、一度探した棚をもう一度探り始めた。
「失くした物の名前を、逆さに読みながら探すってのも聞いたことあるぜ」
伊丹さんがそう言った。
「爪切りを逆さに読んだら、リキツメね。kokoちゃん、やってやって。リキツメって言って!」
「リキメツだろ」と伊丹さんは冷静に突っ込みを入れる。
「りきめつりきめつりきめつりきめつるりきめる」
また歩くさんは真面目な顔で、呪文を唱えながらガサゴソと探す。ちょっと噛んでいたが。
それでもやがて首を振りながらみかっちさんのほうに振り向いた。
「見つからない?」
「うん」
「私、ハサミ使うやつ知ってる。ハサミある?」ワサダさんにそう訊かれ、歩くさんはミサハ、ミサハと言いながら棚を探ると、これはすぐに見つかった。
ワサダさんはそのハサミを受け取ると、自分の顔の横で構え、シャキンシャキンと鳴らした。
「こうやって、ハサミ様、ハサミ様、失くし物を見つけてくださいって唱えながら探すの」
「え、なんか怖い。怖いんだけど。なんか」とみかっちさんが喚く。
「やってみる」
歩くさんは、言われたとおりにハサミを、顔の横でシャキンシャキンと鳴らしながら、呪文を唱えた。
ワサダさんが注釈を加える。
「これね。おまじないだけど、ちょっと面白いのは、刃物を目に入る位置において、なにかをすると、危険なものに対する危機感とか、生存本能とかで集中力が上がるんだって聞いたよ」
なるほど。それはなんだか理屈にかなっているような気がする。
そうして歩くさんは、しばらくハサミを持ってうろうろしていたが、結局見つからないようだった。
「ううん。ないわ」
「予知でわからないんですか」と冗談めかして訊いてみたが、「爪切りくらいで予知なんてしてない」とのこと。『予知』の部分は否定しなかったのでちょっと怖い。
「もうだめ。あたし爪が割れて出血多量で死ぬかも。キョースケ! たすけて」
みかっちさんは喚きながら京介さんにすがる。それを振り払いながら、「私も、ちょっとだけ知ってるやつがある。やってみるか?」と京介さんが言った。
「やるやる。やってやって」
みかっちさんは嬉しそうに言った。
「電気を消すんだ。真っ暗にして探す」
「真っ暗に? 見えないじゃないですか」
僕はさっそくツッコミを入れた。
「手探りで探すんだ。部屋での失くし物なんて、先入観が邪魔をしていることが多い」
そうか。そう言われてみると、面白い方法のように思えてきた。
「あと、探すときにおまじないを唱える。失せ物探しの呪文だ。いいか、こうだ。『ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス』」
歩くさんは、言われたとおり部屋を暗くして、呪文を唱えた。
「ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス」
暗闇のなかで、その呪文と、歩くさんが手探りをしているゴソゴソという音だけが聞こえる。床に座っている俺の膝を探られたときには、ドキッとした。
しばらくして、「電気つけて」という歩くさんの声が聞こえた。電球の下にいた俺は立ち上がって紐を引っ張った。
眩しさに目を細める俺たちの前に、爪切りを手にした歩くさんが立っていた。
「すげえっ」「すごい」とみんな興奮して騒いでいる。
「なにそれ怖い。すごいけど怖い。なんの呪文だったのキョースケ。なんの魔術書(グリモア)で見たの?」
まとわりつくみかっちさんを振り払いながら、京介さんは「インターネットで見た」と言った。
みかっちさんは、「ズコーッ」と言って、大袈裟にひっくり返った。
「でもな、このロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトスって呪文。ネット上では有名なんだけど、調べても出典がよくわかんないんだよな。妖精の名前だって話だけど。妖精というより、言葉に過剰な力を与えるデーモン的なものかも知れない」
静かにそう言った京介さんの言葉に、俺はあらためて少し、ゾクリとした。

そんなことがあった翌日。俺は自分の部屋で夜更けまでネットをいじっていた。『灰の夜明け』や『ピーチロア』といったオカルトサイトのログを一通り見終わり、大きく伸びをしてパソコンの前から立った。
さて、寝るか。
本や雑誌で散らかった、学生の割には広めの部屋を眺めて、ふと思いついた。
「あれをやってみるか」
昨日京介さんから習った、失せ物探しのおまじないだ。
カーテンをしめ、電気を消す。部屋は真っ暗になった。
深呼吸をする。そうしているうちに、昨日仲間でわいわいやっていたときにはなかった、恐怖心が湧いてくるのを感じていた。
なるほど。おまじないって、それがどんなかわいい内容でも、ようするに、自分以外のなにかの力を借りようとする行為だから、それ自体が怖いんだ。この部屋に自分以外のなにかを感じることが。
俺は深く息を吸って、吐いて、暗闇のなかで、最近失くしたものを頭に思い浮かべた。
(2色ボールペン。結構高かったやつ)
そして、呪文を唱えた。
「ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス」
手探りで、まず机の上を探した。えんぴつ。ケシゴム。またえんぴつ。普通のボールペン。うん? なんだこりゃ。ああ、ヒゲ抜きか。
指の感触だけで、それがなにかを判断していく。
テイッシュの箱。マンガ。ポシェット。文庫本。わりばし。懐中電灯。ホッチキス。ゲームのメモリーカード。パチスロのコイン。オ……ちょっと言えないやつ。
部屋のなかのものを次々と探っていき、タンスや机の引き出しにも手をかけた。
「ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス」
やがて、引き出しの1つを探っていた手を止めた。
あった。このお尻にスライドが2つ付いている形状。2色ボールペンだ。こんなところにあったのか。やってみるもんだな。
そう思いながら、暗闇のなかでボールペンを胸ポケットに入れ、散らかした引き出しのなかの小物を軽く整理した。そのとき、指の腹に当たる感触に、手が止まった。
あれ?
これ、探してた猫のキーホルダーじゃないか? 黒猫がかわいらしく座っている形をしていて、胸のあたりを押すと、ニャー、という電子音が聞こえるやつ。実家に帰ったときに家族に聞かせてやろうと持って帰って、そのまま忘れてきたのかと思っていたのに。
プラスティック製の猫の頭部を撫で回し、胸のボタンを探ろうとした瞬間だった。
不気味な考えが脳裏をよぎった。
『調べても、出典がわからない。言葉に過剰な力を与えるデーモン的なものかも知れない』
京介さんはそう言っていた。
これは、気味の悪い想像だ。
俺は本当は、実家に忘れてきたんじゃないだろうか。猫のキーホルダーを。少なくとも俺は、見つけるまではそう思っていた。
そうならば。もしそうならば、ここにあってはおかしい。
暗闇のなかで、心臓がドキンドキンと波打っている。
『ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス』
頭のなかに、あの呪文が繰り返される。それは最初、俺の声をしていた。リフレインされるたびに、だんだんと別のだれかの声になっていくような気がした。
俺がいま触っているのは、いったいなんだ?
堅いプラスティックの感触がぐにゃりと歪みそうな気がして、ヒッと声をあげそうになる。ゾクリとして、手を引っ込めた。そのまま引き出しを締め、電気をつけた。
眩しい。
まぶたをしぼりながら、胸にある感触に目を落とす。
胸ポケットにあった2色ボールペンは、探していたものだった。そして引き出しも開けようと手を伸ばしたが、なんだか怖くなってしまって、できなかった。結局その日は電気をつけたまま寝ることになった。

それから2日後の夜、俺はようやく勇気を出して、あの引き出しを開けた。確認することも怖かったのだ。もちろん電気はつけたままだ。なかの小物をすべて出して、床に並べたが、猫のキーホルダーはなかった。間違えそうな、似た形をしたものすらなかった。
あれはなんだったのだろうか。もしあの闇のなかで、胸のボタンを押していたら、いったい、どうなっていたのだろうか。そう思うとゾッとして、残った小物を投げ入れながら、急いで引き出しを閉めた。
さらに3日後、久しぶりに出た大学の講義で、友人が隣に座って話しかけてきた。
「お前、久しぶりだなぁ。出席日数大丈夫かよ。そうそう。返しそびれてたボールペン返すよ」
やめろ。
記憶が一瞬で甦った。2色ボールペンを貸した記憶が。どうして忘れていたのか。
俺は全身に鳥肌が立ち、講義室を飛び出した。
ボールペンは、どうした。大学には持ってきていない。あの引き出しのなかに戻したっけ? 思い出せない。
『ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス』
だれのとも知れない声が、どこからともなく聞こえた気がした。

 

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